私は札幌駅の隣駅である苗穂駅で開業して25年になります。専門は歯周治療で、開業当初から「長期的な口腔健康に貢献できる歯科医院」「患者様の大切な1本の歯の保存にこだわる治療」を実践してきました。しかしながら重度の歯周病罹患歯は保存、維持できても、メインテナンスの中で歯根破折を起こした歯だけは抜歯か消極的経過観察しか手立てがなく、常々うまく対応できないものかと考えていました。

 2009年、札幌市南区で開業している津金澤秀樹先生が、保険診療で一生懸命頑張れば頑張る程、歯科医院経営の採算が合わない現行の歯科保険制度に限界を感じて眞坂信夫先生のセミナーに参加、その後自由が丘にある診療室にも直接見学に伺ったことをきっかけに、2010年、眞坂先生を顧問として当地札幌に良質な臨床と安定した経営の両立を理念としたPDM札幌が設立されました。  眞坂先生は私世代の歯科医師にとっては雲の上の人でしたが、歯科の現状を 憂い明るく前向きに親身に的確な様々なアドバイスをしてくださいました。 当時歯科医師として窮地に立たされていた私にとって、眞坂先生が来札される度にお声を掛けて励ましてくださったことがどれだけ心の救いになったかわかりません。

 歯根破折歯の接着保存治療は眞坂先生が今から40年前、歯根破折を起こした歯に対し破折線部をスーパーボンドにて接着したのが始まりです(この破折歯は患者様がご逝去されるまで18年間口腔内で機能しました)。今よりもっと簡単に歯は抜歯されていた時代にあって、スーパーボンドを用いて割れている歯を上手く接着保存できないかと考えた発想力、そしてその後も臨床データを積み上げ学会や講演会、実習セミナー等にてその治療法を広めてこられた情熱と行動力、更には北海道大学の加藤熈教授や東京歯科大学の下野正基教授ら、一流の研究者を巻き込む人間力。症例実績+基礎的研究を積み重ね、その治療方法を更に発展させ学問として体系化し、その集大成として2016年に著本「i-TFC根築1回法による歯根破折歯の診断と治療」をこの世に送り出されました。

 世界初の日本から生まれた破折歯接着保存治療は現在日本の大学においても有効な治療方法として実践されてきており、その歩みと情熱は今更ながら本当にすごいことだなと思います。私も2010年に眞坂先生から破折歯接着保存治療の手ほどきを受け、その後積極的に破折歯の接着保存治療を行ってきました。

本日このブログの第一症例として私が提示するケースは、今から24年前の1998年6月、33才で当院に来院された患者様の治療例です。

大村先生破折歯接着保存第一症例

 

 左側上顎中切歯(左上1番目の歯)に歯根破折、右側上顎側切歯(右上2番目の歯)には埋伏犬歯による歯根外部吸収を認めました。正直この2歯の保存は難しく、私が1本の歯を大切に考え何とか残せないかと手立てを講じなければ、この患者様は33才という若さで右上は入れ歯になっていました(インプラントで行う場合でもサイナースリフトを行った上で4本のインプラント埋入が必要なかなり大掛かりなケースで、24年前に果たしてその治療が長期的な予知性を持ってできたのかどうかも定かではありません)。

 当時、歯科の商業専門誌に眞坂先生が破折歯の接着保存治療症例を供覧されていたのを私が読み、この治療を応用できないかと考え見よう見まねで行った治療でした。しかしながらその結果、治療終了後23年経過し57才になられた現在もこの2歯は保存され、右上は義歯にもインプラントにもならずブリッジで快適に過ごされています。

 この私の最初の治療例の経過が示す通り、破折歯の接着保存治療はすばらしい治療だと私は思います。眞坂先生から引き継いだこの治療の臨床実績を今後も積み上げ、まずはご自身の歯の保存を強く望まれる患者様の想いにできるだけ応えられるよう最善を尽くし、歯周組織再生療法も応用しながら大切な1本の歯をできるだけ長く維持できるよう研鑚に努めていきたいと考えています。またこの治療法を一人でも多くの歯科医師、患者様に知っていただき、1本でも多くの歯が救済されることを願ってやみません。

 

なえぼ駅前歯科院長    大村 修一

2013年の山名湖合宿セミナーの早朝

2013年の山名湖合宿セミナーの早朝

(PDM札幌の主力メンバーと眞坂先生(中央)、向かって右隣りが私)